映画『X-MEN ZERO:ウルヴァリン』に登場するウェイド・ウィルソンと、単独映画シリーズの『デッドプール』に登場するウェイド・ウィルソンは、同じキャラクターなのか疑問に感じる人も多い部分です。
特に『デッドプール2』では過去作品へのメタ的な演出や時間改変が描かれているため、作品同士のつながりが分かりにくくなっています。
この記事では、X-MENシリーズの世界設定、ウェイド・ウィルソンの扱われ方、そしてなぜ同じ世界に二人のウェイドが存在するように見えるのかを整理して解説します。
『X-MEN ZERO』のウェイドと『デッドプール』のウェイドは基本的には別設定
結論から言うと、『X-MEN ZERO:ウルヴァリン』に登場するウェイド・ウィルソンと、『デッドプール』シリーズの主人公ウェイド・ウィルソンは、設定上は同じ名前を持つ別の描かれ方をされたキャラクターです。
『X-MEN ZERO』ではライアン・レイノルズが演じるウェイドが登場しますが、終盤ではウルヴァリンの敵として改造され、口を封じられた存在になります。この描写は後の『デッドプール』シリーズで強烈にネタにされています。
一方、『デッドプール』ではウェイドは傭兵として活動し、ガンを治療するために人体実験を受けた結果、超人的な治癒能力を得るという別の物語が展開されます。
なぜ同じ俳優が同じ役を演じているのに別人扱いなのか
理由は、X-MEN映画シリーズ自体が複数の時間軸や設定変更を含む作品群だからです。
『X-MEN』シリーズでは、過去を改変する作品『X-MEN:フューチャー&パスト』によって歴史が変化しました。そのため、以前の作品で起きた出来事が新しい時間軸では必ずしも同じ形で存在しているとは限りません。
例えば、同じ人物でも歴史改変によって人生が変わる場合があります。ウェイド・ウィルソンについても、映画ごとに異なる解釈が存在すると考えると理解しやすくなります。
『デッドプール2』でX-MEN ZEROのウェイドが殺された理由
『デッドプール2』のエンドクレジット後のシーンでは、デッドプールが時間移動能力を使って過去の出来事を修正します。
その中で『X-MEN ZERO』版のウェイドが登場し、デッドプール本人によって倒される場面があります。これは映画内でも、過去作品の設定を笑いに変えるメタ的な演出として描かれています。
つまり、この場面は厳密な物語上の整合性を説明するためというより、「以前のデッドプールの扱いは気に入らなかったのでなかったことにする」というファンサービス的な意味合いが強いシーンです。
同じアースにウェイドが二人いるように見える理由
疑問になるのは、同じ世界にX-MEN ZERO版ウェイドとデッドプール版ウェイドが存在していたように見える点です。
これはマーベル作品特有の時間軸や世界線の考え方で説明できます。過去作品の出来事を完全に同じ歴史として扱うのではなく、別の可能性や変化した時間軸として整理されています。
また、『デッドプール』シリーズは第四の壁を破る演出が特徴であり、主人公自身が映画や過去作品の存在を理解しているような発言をします。そのため、通常のマーベル作品よりも設定の矛盾をギャグとして利用しています。
デッドプールは過去作品の矛盾を公式にネタ化している
デッドプールの大きな特徴は、作品内で映画制作や設定の矛盾そのものを笑いに変えることです。
例えば『X-MEN ZERO』でのデッドプールの扱いについても、作中で「口を縫われていた過去のウェイド」を問題視するような発言があります。
これは単なる設定ミスではなく、過去作品へのツッコミをキャラクター自身が行うという、デッドプールならではの表現方法です。
『デッドプール』シリーズを見る時の世界観の考え方
デッドプール関連作品を理解する場合、すべての作品を一つの歴史として無理に合わせようとすると混乱しやすくなります。
基本的には「X-MEN映画の世界を舞台にしながら、デッドプール独自のルールで展開されている作品」と考えると分かりやすいです。
特にデッドプールは第四の壁を越えるキャラクターなので、多少の矛盾や設定変更も作品の魅力として受け入れられています。
まとめ
『X-MEN ZERO』のウェイド・ウィルソンと『デッドプール』のウェイド・ウィルソンは、同じ名前と俳優を使っていますが、映画内では別の解釈として扱われています。
『デッドプール2』で過去のウェイドが登場する場面は、時間軸の整理だけでなく、過去作品へのツッコミやファンサービスという意味が大きい演出です。
デッドプール作品は、通常のヒーロー映画のように完全な設定整合性を求めるよりも、過去作品を含めて楽しむことで魅力がより分かるシリーズと言えます。


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